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沿革

拡大 未来を見据えて打ち出した数々の手

SLシステムを導入した当時の食堂風景

1975(昭和50)年、社名をフジフード株式会社からキャフトフードサービス株式会社(現、シダックスフードサービス株式会社)に変更。
カフェテリア方式の導入に続く新たな課題として、カフェテリア方式を導入できない小規模事務所のニーズに応える新たな方式を模索し始めた。
そこで目をつけたのは、調理済み冷凍食品を解凍して提供するという方式。冷凍食品や設備面、作業効率などの研究・開発を行い、1980(昭和55)年、シダックス独自のSL(シダ・ランチ)システムを開発した。
テスト導入を行ったのは銀行の支店。食堂のスペースがなく、また女性行員の制服姿での外食を避けたいという事情があったため、簡易厨房で美味しい料理の提供が可能なSLシステムを高く評価していただいた。
5年におよぶテスト期間を経て、1985(昭和60)年、全国の銀行の支店を対象に本格的な導入を開始。改良を重ね現在に至っている。

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1980年:エンジニアリング部門の専門会社を設立
食堂設計や空間演出を手がける
90年代当初、シダックスエンジニアリングの風景

90年代当初、シダックスエンジニアリングの風景

1971(昭和46)年に厨房設備の開発を目的に立ち上げたカフェテリア開発室はその後、1980(昭和55)年にエンジニアリング部門の専門会社として独立し、食堂設計や空間演出などに業務範囲を拡大した。
その後、1993年から事業をスタートするレストランカラオケの店舗内装や機器取り扱い、2003(平成13)年には消耗品・備品の一元物流システム「ドーグ」を稼動するなど、業容をさらに拡げている。

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1980年代:病院給食への本格参入
イメージの悪い病院給食の改革に挑む
保温トレイを導入し、温かく美味しい料理を提供

保温トレイを導入し、温かく美味しい
料理を提供

メディカル・フード・サービス研究所の様子

メディカル・フード・サービス研究所の様子

1986(昭和61)年、設立から四半世紀を経て、ついに節目の1,000店舗目を達成。同年7月、社名を株式会社シダコーポレーション(現、シダックスフードサービス株式会社)に変更し、病院給食への本格参入を目指す。
当時の病院給食は、病院の直営方式が一般的で、「冷たい」「(提供時間帯が)早い」「まずい」と、イメージは悪かった。
これを改革し、患者様の食生活を少しでも豊かにしたいという想いがあったのだ。
まず保温器の導入で「冷たい」を解決し、さらに営業時間を伸ばして「早い」という患者様の不満を払拭。
最後の「まずい」は、カフェテリア方式で改善を目指した。
1993(平成5)年、東京・調布市内の総合病院でカフェテリア方式の導入実験を実施し、翌1994(平成6)年にはメディカル・フード・サービス研究所を設置。
研究を重ねた結果、患者様やクライアント様から高評価を得るに至っている。
同年7月には、事前に患者様に対して朝・昼・夕食(カフェテリア方式)のメニューを記したカードをお配りし、選択していただく仕組み「SMC(シダックス・メディカル・カフェテリア)プログラム」を開発。運営効率化とともに患者様への栄養指導を可能にした。

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1985年:初の院内売店を出店
院内売店を中心に施設内売店事業が急拡大
院内売店1号店

院内売店1号店

病院給食への参入と同時に、院内売店の受託運営を開始。
1983(昭和58)年、新宿高層ビル内の売店をオープン。
そして1985(昭和60)年、初の院内売店を埼玉県内の総合病院に出店し、約3年間で45店舗まで拡大させた。
その後も病院を中心に順調に店舗数を増やし、1991(平成3)年、施設内売店事業を主体とする株式会社コンビニエンスシダックス(現、シダックスアイ株式会社)を設立。
充実した商品のみならず、明るい笑顔と真心の接客が患者様や職員様の心をつかんでいる。

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1985年:アスリート食研究所が誕生
健康づくりから、「安心・安全」、環境問題に取組む総合研究所へ進化

1985(昭和60)年、アスリートの食事や栄養に関する研究から子どもや高齢者の健康づくりにも活かせるノウハウを確立するため、アスリートのサポートを目的に発足したアスリート食研究所(現、シダックス総合研究所)が誕生した。
その後、フードサイエンス研究所、ライフサイエンス研究所と名称を変えながら研究の対象は広がり、2004(平成16)年、現在のシダックス総合研究所に改称。
現在、食の「安心・安全」の仕組みづくりをはじめ、食育活動、環境問題など、幅広い分野の研究活動により、シダックスがソーシャル・ウェルネス・カンパニー(事業活動を通して、健全・健康な社会を目指す企業)であり続けるための礎としての役割を担っている。

健康づくりから、安心・安全、環境問題に取組む総合研究所へ進化

シダックスがアスリート食などの提供を行い、
1992(平成4)年に国際ヨットレース・アメリカズカップ
初出場を果たした日本チーム

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1986年:社会サービス事業の誕生
自家用自動車管理事業の延長上に生まれた、総合サービス

用務業務を受託開始した当時の様子

コンピュータ研修室での社内研修の様子

1970年代の石油危機に伴う景気低迷により企業が経営合理化に取り組む中、運転士のアウトソーシングが進み、自家用自動車管理事業が急速に発展。
さらに1980年代以降、公用車、役員車、支店長車、工場作業員の送迎バスなど範囲が拡大していく。
その延長上に生まれたのが社会サービス事業だ。
きっかけは、1984(昭和59)年、生命保険会社からの用務業務を受託。これをモデルケースとして多くの企業から警備や清掃、受付、電話交換、社員寮管理などを請け負うようになる。
1986(昭和61)年には車両運行管理事業以外の全業務を「社会サービス事業」と名付け、大新東株式会社から分離し、エヌ・アイ・サービス株式会社(現、シダックス大新東ヒューマンサービス株式会社)を設立。徐々にニーズが高まり、1989(平成元)年より人材派遣業務をスタートした。
その後、図書館運営、学校給食業務など、公共施設や自治体向けサービスの受託数を増やし業務を拡大していった。

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1993年:レストランカラオケ1号店の開店
誕生のきっかけはファミリーレストラン事業からの方向転換

1984(昭和59)年、シダックスはファミリーレストラン事業に着手。8店舗にまで増えたが苦戦し、方向転換することとなる。
1991(平成3)年より店舗をリニューアルし、当時ブームだったカラオケ店の実験運営を開始。
当時はシダックス以外に美味しい料理を提供するカラオケチェーン店がなく、ファミリーレストラン事業で培ったノウハウを活かせることから、レストランカラオケ事業として本格参入を決意した。
1993(平成5)年、株式会社シダックス・コミュニティープラーザ(現、シダックス・コミュニティー株式会社)を設立する。社名の「コミュニティー」は、地域に根ざしたコミュニティー・センターでありたいという想いの表れだ。
さらに「きれい・おいしい・うれしい」をコンセプトに掲げ、従来のカラオケ店が抱かれていた不健全なイメージの払拭を目指した。
同年12月、東京都郊外に1号店をオープン。すぐに「料理も美味しいカラオケ店」と評判になり、その後続々と店舗を増やしていった。

1993(平成5)年当時の実験店1号店

1993(平成5)年当時の実験店1号店

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